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勉強しておいてよかったこと

勉強しておいてよかったな、と思うこと。特に国語の教師でありがたかったな、ということがある。
それは言葉をもっていること。
言葉によって定義し、そして自分の生き方を変えて行けるということ。

人の表現は、本当にさまざまである。
人と人を仲良くさせる言葉もあれば、巧みに誰かと誰かの中を割くこともできる。
シェークスピアの『オセロ』のように、仲の良い愛し合う夫婦の信じあう心を引き裂くこともできる。

でも、一番大切なのは、自分の状態を、うまく言葉で枠組みを作って、自分で解釈しなおすことで、うまく生きていく方法を使うことができるということである。
結構大変な思いをしているときに、これが自分を鍛えてくれる、と思えば、それに対応するエネルギーの量は増すだろう。
大変さに、煩わしさに目を向けてしまえば、煩わしさは増幅する。

さっき、受験勉強の大変さを、生徒から聞いたけれど、その、受験勉強を、なんとか楽しいものにしていく工夫もなくはない。
いずれ自分に来る試練を乗り越えられるように、と自分を鍛えるのも一法。
単純にわかる自分を楽しむのも一法。
体力や気力の保ち方から、自分との付き合い方を見つけていくのも一法。
受験勉強から学べることは多い。

さっき、金沢への出張の往復のドライブで、ああ、この道を何度通ってきたことだろうか・・・?
でも、こんなにも明るくて開放的な気分で通ったことがあったかな?と思った。
振り返れば、若いころからいろんなことがあった。
今は、富山を、高岡をこよなく愛する私がいる。

今日、夢に実家の父が出てきた。
あら、お父さん!と言って、父の手を握って、今まで、父が私に望んでいて、できていなかったことを詫びた。
そしたら、父独特のちょっと茶目っ気のある顔で、ちょっと照れ笑いをしていた。
この度、託されていたことが実行できたことを喜んでくれているようだった。

今日まで、私は、いろんな言葉で、状況を言い換えてきた。
価値観が全く違うところに行って、最初馴染めなくても、全力で、新しいことを学ばせてもらっている、と思ってきた。
そして、精一杯やってもどうしてもできなかったときは、もう次に行こう!と決めた。
もっと役立てるところに行くことを決意した。

そんなこんなを、あちこち渡り歩きながら、やってきたように思う。
その都度、言葉が役立ってくれた。
ここでは、○○と思おう。
あの時代は私の○○の時代。
今は、○○。

もう年だ、というのは簡単だけれど、自分の年齢を決めるのは自分であるように思う。

今の年代を、自分で○○、と表現すれば、それは何とでも表現できる。
大家族の煩わしさではなく、にぎやかさや楽しさを見てもいい。
一人暮らしの寂しさではなくて、独り暮らしの気楽さを謳歌してもいいだろう。
初めて親元を離れることを寂しいと思ってもいいし、今だけ鍛えられている、と思ってもいいし、なんなら自立の練習、と思ってもいい。
勉強を、嫌だ嫌だと思ってもいいけれども、新しいことを学べる、地への探求心を満たすことにしてもいい。

しあわせは自分で決める。
岸見一郎さんではないけれど、やはりしあわせになるには主体性が必要で、勇気がいることである。
今の状態を変えず、愚痴を言いながら、安住することは一番簡単なことである。
状況を変えるには何かをしなければならず、それは勇気のいることである。

でも、言葉がその勇気をくれる。
言葉が自分の意志を明確にしてくれる。

公開:2022/05/16 最終更新:2022/05/16