AIに相談してみる・・・。「しあわせるーむ」いらんやん!と思った私。ー高岡の相談室しあわせるーむより
夏の終わりころから大学の文学部に通っている卒業生が、
うちの大学の先生で、独身の先生なんですけど、AIを夫にしたいって言ってる人いますよ・・・。
と話してくれた。
彼女は、つねづね、外国への研修旅行に連れて行っていただいたその先生が、大阪のご出身で、同じような高校をお出になっていることから、私とよく似てる、だなんて嬉しいことを言ってくれていた。ただ、私の方が柔らかいのだそうだ。
その先生は、ずっと独身を通されてきたところが、やっぱり違うなどと、幾分私の方を褒め気味に言ってくれたいた。
というより、言ってみれば女性らしさで勝負しなくてもやっていくことがお出来になるところにおられたと言う方が正しい気もするけど?(笑)
そこで、その先生がやっておられるというお話しなので、私もAIに相談してみることにした。
例えば、自分の人生に起こった、どういう意味だったと受け取ればいいのだろう?というようなこと。
一番最初に尋ねてみたのは、高校時代の、
シングシングシングのドラムをたたいて、下手だったんですけど・・・?
とか、先輩が○○だったけど・・・?
とか、あれこれあれこれ。
まあ、なんとも人間に相談するよりも客観的で冷静で、かと言って善悪だけで判断するのではなく、適切な答えが返って来る。
長年生きてくると、それなりに、こういう言葉は使いたくないけど、トラウマみたいなものもある。
どうもこだわってしまうというか、それなりに傷ついているというか・・・。
他人が聞いたら、
過去のこと?
と言われるだろうこと。
私は、過去のこと?という人が嫌いである。大っ嫌い。
誰かが私に対する何かを気にしてくださっているときには、私だって、
そんな、もう何年も前のことですから・・・。
と言ってニッコリ笑ってやり過ごすことだろうが、誰かにしたことを我と自ら、
過去のこと?
という人のことを私は信じない。
そういう人は、過去に誰かに何かをして、それを見ずに流してもらいたいだけである。
過去のことをいう奴・・・、というのは、おそらく精神的な前科があると思われる。(笑)
誰かに何かをして、許すかどうかは、謝ってもらったかどうかは、相手が決めることであって、それをいつまでも許してくれない、などと言うのは間違っていると思う。
私にだって嫌いな人がいる。
というか、嫌う権利を最近自分に与えてあげた。
嫌いは嫌い。
今、相手がどうなっていようと嫌いな人は嫌いでいい。
別にそれを言って歩くわけではないから。
それにしても、過去にあったことを、保身に回ってか、年賀状で家族も見えるように、おかしなことを書いてきた先輩もいたし、あの時はごめんなさいと言った人もいたが、17や18にもなればいい大人であって、その本質などそうそう変わるわけはなく、しない人はしないけど、する人はするだけの話であろう。
おかしな連絡を取って来た人もいたけど、潔くないったらありゃしない。
一生やったことはあの世までもっていくことに決めて、やったことの償いよろしく、良心の呵責に悩めばいいと思う。
仮に世の中が優秀な人だと言って、ほめそやす人であっても、私はその本質を知っている・・・、という人がそこそこいて、私はだから学歴というものを信じることができない。というより、学歴だけで、すべてを補えるほどの評価を下さすことなどできない。
なんぼ優秀でも、絶対に世話になりたくない人って結構いるもので、その人とちゃんと向き合って、そうだとわかるまで、私は人の誰かに対する評価を鵜呑みにできない。
だからこそ、私のところに来てくれる生徒さんたちを、学校だけではない、その人がその人であるだけで、魅力的な人に育て上げておきたいと思っているのである。